静と動の抑揚がドラマティックに交差し、スタッカートで歯切れよく音間が切られ、
主体たるバンドネオン(アコーディオンに似た蛇腹器)の劇的な音色とバイオリン、
そして哀愁漂うも激しいピアノの重低音が織り成すその4拍子の旋律は人間の情熱を燃え上がらせ、
情念を沸き起こさせる。センチメンタル・アンド・ロマンティック。

アルゼンチンの首都にして「南米のパリ」と称賛されるブエノス・アイレスの港町ボカで生まれたといわれている、
アルゼンチン・タンゴ。

パートナーは、ボールルーム・ダンスの世界で、
全米チャンピオンそして世界チャンピオンに輝くトップ・ダンサー、カロリーナ。



  
世界チャンピオンとの邂逅。まずは基礎を聞き、鏡を前に初動のポスチャーを反復する

 

 

アルゼンチン・タンゴは、舞踊すなわちダンスのひとつの種類である。

そしてダンスには様々なジャンルがある。
ストリートで若者が楽しむダンスからいわゆる日本で社交ダンスといわれるものまで。

アルゼンチン・タンゴは独立したひとつのジャンルではあるが、
その大枠においてはボールルーム・ダンスの世界にカテゴライズされる。

 

<ボールルーム・ダンスとは…>
 

ボールルーム・ダンスは、日本語でいうところの社交ダンスと競技ダンスを内包している。

前者はいわずとしれた一般のレベルでパーティや結婚式、
あるいはボールルームなどで社交の場と個人の趣味としてのもので、

後者は、世界ではそれはダンススポーツ(1ワードでのDanceSport)と言われている。

単純にいえば、有名な映画「Shall We ダンス?」や<ウリナリ芸能人社交ダンス部>、
あるいは米ABCテレビで放送された<Dancing with the Stars>で登場するものが、
大枠でのボールルーム・ダンスとなる。
現代におけるボールルームの世界で主軸を成すのが、
後者の競技ダンス(ダンススポーツ)である。



競技としてのそれは大きく2つに分かれている。
スタンダード(モダンとも言う)とラテンである。

そしてその2種類の中に5つの種目があり、その5種目のダンスすべてを踊ることで、
基本的に競技会は成り立っている(4ダンスの場合もある)。

スタンダードは、ワルツ、タンゴ、スローフォックス・トロット、クイックステップ、ヴィエナ・ワルツの5種目。
ラテンはチャチャ、サンバ、ルンバ、パソドブレ、ジャイヴの5種目。

競技会での大枠でのスタンダード、ラテンという大別以外に、
スタンダード系ダンスの中にアルゼンチン・タンゴなどが、
ラテン系ダンスの中にフラメンコやマンボ、サルサ、ルンバなどがあり、

それぞれアルゼンチン・タンゴ世界選手権やサルサ世界選手権などといった
世界一決定戦も行われているわけである。

 



バティスタ・スタジオに乗り込み、世界チャンピオンを迎える。

 


<アルゼンチン・タンゴ体験>
 

 

今回のアルゼンチン・タンゴ体験は、
ニュージャージー州ハッケンサックにあるバティスタ・ダンス・スタジオで行われた。

そのパートナーはカナダ出身のプロ・ダンサーで、マンボ全米チャンピオンに2度輝き、
そして世界マンボ選手権、世界サルサ選手権をともに制した現役バリバリの世界チャンピオン、カロリーナ嬢。

筆者自身のダンス経験といえば、
数年前に日本のダンス団体幹部と乗船したニューヨークのイースト・リバーのディナー・クルーズ船上での社交ダンス、
そしてアメリカン・スタイルを日本へ広めるためにダンサーを連れて日本へ行き、
そのダンサーにダンス&バレエ・メーカー最大手企業の主宰するカルチャー・スタジオで
レッスンを受けた程度の素人である。

 

アルゼンチン・タンゴはいわずもがな、はじめての体験となる。

 

<音楽を理解することが、大切です>

カロリーナはそう言った。

かつてUKはボーンマスで、
70歳になろうかという英国人のダンス写真家からも同じ言葉を聞いたことがあるが、
たしかにダンスと音楽の結びつきは強い。

とくにアルゼンチン・タンゴの場合は、冒頭に記したような特長が音楽にある。

 

すなわち、静と動の抑揚がドラマティックに交差し、 スタッカートで歯切れよく音間が切られ、
主体たるバンドネオン(アコーディオンに似た蛇腹器)の劇的な音色とバイオリン、
そして哀愁漂うも激しいピアノの重低音が織り成すその4拍子の旋律は、
人間の情念を沸き起こさせ、情熱を燃え上がらせる。

アルゼンチン・タンゴの音楽は、そう表現しても良いだろう。

ここで重要な楽器はバンドネオン。

ドイツで考案されてアルゼンチンで改良を経て広まったとされるそれは、同地で史上最高の楽器とも謳われる。

アルゼンチン・タンゴの音楽が打楽器を用いないにも関わらずスタッカートを醸し出せるのは、
このバンドネオンが打楽器的要素ももっていることからくるが、

アルゼンチン・タンゴというダンスを考える時、男と女が密着して踊るゆえ、
それに見合った情熱や情念を音色でハーモニーを奏でることができる楽器の存在も重要になってくる。

ゆえに、それを可能たらしめるバンドネオンの存在意義も高まったといえる。

バンドネオンの音色が響くと、人は無意識のうちに情念的なあらゆるマインドを持ち得るから不思議である。

 

 


 

 

そのバンドネオンの音色が響く中で、アルゼンチン・タンゴの体験は流れていったのであるが、
さすがに世界チャンピオン。教え方が、かなり厳しい。音楽との関係性、ポスチャー、すなわち姿勢。

それは踊るための腕から顔、身体全体のポスチャーまで。
足のステップ。そして男と女いわゆる組む相手との関係などの教授を受けながら踊る。

<ダンスのビギナーに、アルゼンチン・タンゴから教えるということはありません>
とカロリーナが言うように、それらはかなり難易度が高い。

 

まずは向かい合い、組み合う。

それはホールドというが、男と女が抱き合うようなムードで左手を肩のあたりの高さでつなぎ、
右手は、カロリーナの左脇下から左肩甲骨よりやや深めに添える。

自身のポスチャーはむろん姿勢良くだが、お腹に力を入れてやや前方(重心を前に)にして立つ。

ここがまず問題だ。

<エナジーを感じませんね>

カロリーナの厳しい言葉が飛ぶ。

 

つまり、左手をつなぐ段階からそこに情念がなければならない。

 

<掌を開いた状態でお互いの手をくっつけていく、その段階でエナジーを発して下さい。
 もっと心の中からのエナジーを手に伝えてください。そしてそれを指先へ伝えるのです。
 指先までエナジーを伝え、その状態で手をつなぎます。同様にあなたの右手も、
 私の背中にエナジーを与えて添えて下さい>

と言いながら、カロリーナは自らのエナジーを発する。

するとカロリーナより身体の大きな筆者が、いとも簡単に押されてしまう。
いかに筆者にエナジーの伝達が不足しているかを如実に表す。

それは力ではなく、まさしくエナジーである。

組む相手に己の心の中からの情念をエナジーとして発するのである。

カロリーナが重心を後ろにすれば、筆者のエナジーが不足した右手では支えきれない。
右手の掌そして指先に内面からのエネルギーを凝縮させて、カロリーナの背に添える。
宙で握る左手、その左腕肘は直角。

背へ添える右手、その右腕は脇を締めた楽なポスチャーではなく、肘を上げる。

その両腕のポスチャーは常にキープしなければならないが、けっして楽ではないためにすぐに肘が下がってしまい、
ひいてはそれが見映えの悪さにつながる。

 

 


ひとりでステップを繰り返し練習する。


   
左手と相手の右手を合わせ組む(左)/顔の向きも厳しく調整される(右)

 

   
何度もポスチャーを修正し、教授を受ける。そうそううまくはいかない

 

 

なぜなら<女性は男性にリードされて動くのです。ただ単に手を添えているだけではいけません>
とカロリーナが言うように、男性がその手で女性の動きを誘わなければならないからである。

基本的に男性がリードし、女性が踊るわけである。ゆえに、ときに

あなたは何もしなくていいですよ>という局面も存在する。

サリダやオチョといった足の基本ステップを学びながら踊る。左右の足を交互に前方へ。
その後、右を左に揃え、さらにそこから今度は、右足を右横へ。

そして左足も横へという基本ステップの後、左右両足を前後そして横へ、8の字を描き流れるように歩くステップを。
うまくいかない。初心者特有の、ただ単に「歩いている」状態で足を運んでしまう。

カロリーナは<キャットウォークをイメージして下さい>と言う。

なるほど、キャットウォーク。

ただ足を出して歩くのではなく、
腹部を基点としてそこから下半身全体を足として(そうすることで、足の付け根から足をやや振り子のように出し、
且つ踵着地のどたどたしたものではなく)つま先から華麗に出ていくことで、
たとえばファッション・モデルのようなポスチャーとその歩き方になるわけだ。

サリダやオチョのステップを何度も反復してトライする。

ときにはその間、ホールドの位置確認、あるいはホールドせずにカロリーナと筆者が単独でそれを反復する。
そしてそれを何度も繰り返しながら、どこかのボールルームで踊っているように、
本番としてのそれを音楽をかけながら踊る。消耗する体力。

 

 

  
時間が経過するにつれて互いに慣れてゆく。笑顔も漏れると同時に、
スムーズにやり取りが図られて、ポスチャーの確認作業が行われてゆく

 


そしてビギナーにはかなり厳しいと思われる、
ある意味でアルゼンチン・タンゴの見せ場あるいは醍醐味ともいえるガンチョへと体験は流れていく。

かつてマイアミでアルゼンチン・タンゴ世界選手権を観た際に、
数あるダンスの中で筆者がもっとも惹かれたものがアルゼンチン・タンゴだったが、
その中でもこのガンチョをはじめとする男女がもっとも触れ合い情熱と情念の発露極まるステップには
心がときめいたものである。

スタッカートのリズムに合わせ、1音刻みで流れる音色に合わせて、互いの足を絡める。

あるいは足を交差させながら宙で遊ばせたり、跳ね上げたりする。

その足の絡み合いは、男から特別な女にだけ贈られる求愛の"Sign"であり、
そのサインを踊りながら感じとった女もまた、ダンスの中の"Sign"でその愛に応える。

まさにそれは、求愛表現ともいえるのである。

ゆえにそのポスチャーは至極、官能的でもある。

どういうステップか。

ホールドした状態から、筆者が左足を伸ばす。つま先は伸びている。
やや腰を下ろし、右足は後ろへ。伸ばした左足の外側を、右足膝をやや折ったカロリーナのその足の甲がまず、
足首外側へ添えられる。

カロリーナの右足甲とつま先はそのまま"軽く這うようにではあるが、やや軽くステップして当てるよう"にして
脛の外側を上がっていく。

それが筆者の膝下あたりまで来たところで、戻す。

と筆者は腹部(おへそのあたり)を中心に内側、すなわち右側へ捻る。

当然そのとき、カロリーナの肩甲骨よりやや深い位置で支えている右手でも指示を出す。

カロリーナもそれに応えてポスチャーを移行。

次の瞬間、筆者は伸ばしていた左足を、膝を立てる。すると膝下がL字に近い形となりそこが鍵のようになる。

カロリーナは、その膝下へ自らの右足を入れてフックする。互いの膝裏で交差するポスチャーになる。

 

 

  
練習段階の後半、足下を見てステップを確認する二人。

 


さすが世界チャンピオンの、このポスチャーである。真剣に学ぶ

 


踊る前にヘトヘトで消沈気味。

 

 

<ひとつの恋物語としてのアルゼンチン・タンゴ>
 

このガンチョを、サリダからの一連のステップから休みなく何度も決まるまで繰り返す。

これはかなり至難の業だ。ホールドの位置は乱れ、身体バランスも崩れる。
女性を支えることも、リードすることもまったくできない。まったくもって情けない局面に陥ってしまうのである。

そして常にステップを気にするあまり、
流れている音楽に乗ることもできない上、本来は目を見つめ合って踊らなければならないにもかかわらず、
下を向いてしまう。

これではまったくもって、情熱と情念の交差ができない。
カロリーナに何度も<また顔が下がっていますよ。顔を上げて、私の目を見つめて下さい>と指摘を受ける。

 

ある意味でダンスとは、男と女が織り成す、その一定時間のひとつの恋である。

いずれか一方がひとりよがりに己のテクニックに埋没してはいけない。

特にこのアルゼンチン・タンゴでは、その音楽との連動によって男女がもつ情熱と情念を静かにでも熱く沸き立たせて、
それを伝え、応え、ともにひとつの空間の中で、
恋におちることで最高のパフォーマンスを生み出すことができるのである。

恋には人それぞれの形があるように、アルゼンチン・タンゴのキメのポーズも、
その男女ふたりが生み出す即興のものであり、
まさにそれはそのふたりならではの情熱と情念をどのように醸し出すかといったことが
大きな要素になってくる。

 

 

    
いよいよ踊る。エスコート態勢へ。
さんざん練習した成果か、ポスチャーはさほど悪くはなさそうである。

 


ホール内にタンゴの音色が響くと、踊りも流れるように乗ってゆく。
目線は完全に胸元へと向かっているやうである。

 


好調を持続する。

 


途中でステップを忘れた筆者。互いに調整する

 


完全に音楽に乗って流暢に踊る。感情も自然と沸き上がってくる。
クライマックスへ

 

 

また、アルゼンチン・タンゴに限らずボールルーム・ダンス全般でのことであるが、
男性はリーダー、女性はフォロワーと呼ばれる。男性はリーダーなのである。

欧米そしてラテン圏では、ダンスに関わらずとも生来から男性はリーダーとして女性を支え、誘導し、
優しく包み込むというマインドと行為を自然を持ち得ている。

ここが日本人と異なるひとつの点であるが、
社交の場で自然に且つスマートに女性をリードすること。
それはボールルーム・ダンスを通じて学ぶことができるであらふ。

そしてこのアルゼンチン・タンゴは特に身体が密着し、互いの顔も近くに位置する。
ここで恥ずかしがらずに堂々とスマートに女性をリードすることは、必須条件となる。

加えて、求愛表現をする上では男性は自信がなくてはならない。
その自信を裏づけるものは同時に、女性をスマートにリードできるか否か
という点に集約されるのだと感じるところである。

技術的なことはもちろんだが、ここに、技術を超えたところでの、
そして感性といったライトな感覚ではないところでの、情熱と情念のせめぎ合いとしてのアルゼンチン・タンゴを、
筆者
は感じ得た。さような体験だった。

 

<アルゼンチン・タンゴは1分45秒間の、台詞のないモーション・ピクチャーです。
 一瞬たりとも気を抜くことはありません。すべてが、絵になるからです。
 私はダンスの中で、アルゼンチン・タンゴが一番好きです。
 音楽もそうですが、とても静かなものです。
 内側から燃えるその情熱と情念を、静かに熱く、伝えるのです>
と語ったカロリーナ。

 

どんな饒舌な言葉も勝ることができないほどの、踊りで表現されるその情熱と情念。
そう、ときに男女の間には、言葉は不要である。静かだが、強く熱い情熱と情念を伝え合えるのであれば。

"The Tango expresses that distance between which everyone does and what it is".

 

 

 

        
ガンチョ完成(左端) キメのポーズをとる。
どこかぎこちない。初体験である。致し方ない。
キメのポーズは本文の通り、情念の露呈であるからして即興である (右)

 

 

 

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